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福岡高等裁判所 平成10年(ネ)262号 判決

控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

上村利幸

右訴訟代理人弁護士

佐藤哲郎

被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

平田幸和

右訴訟代理人弁護士

高橋博美

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決主文第一項及び第三項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金八二〇万〇七五〇円を支払え。

2  被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、本訴反訴ともこれを五分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項の1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴

1  控訴人

(一) 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴

1  被控訴人

(一) 原判決主文第一項及び第三項を次のとおり変更する。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、金一二四八万九〇〇〇円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、本訴反訴を通じて控訴人の負担とする。(被控訴人は、当審における不服申立ての範囲を右のとおり限定した。)

2  控訴人

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴

1  請求原因

(一) 被控訴人は、平成五年五月三一日、控訴人との間で、被控訴人を注文者、控訴人を請負人として、同年一一月一五日までに別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を請負代金一八六五万円で建築する旨の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(二) 控訴人は、本件契約に基づき、本件建物を完成させ、遅くとも同年一二月までにこれを被控訴人に引き渡した。

(三) 本件建物には、次の瑕疵がある。

(1) 二階居間及び台所の床の傾き(以下「瑕疵(1)」という。)

(2) 二階台所の勝手口サッシの竪枠の取付け不良(以下「瑕疵(2)」という。)

(3) 二階洗面所の片引き戸の竪枠の取付け不良(以下「瑕疵(3)」という。)

(四) 控訴人は、本件建物について設計、施工、監理を行ったものであるから、設計者として、設計段階において本件建物の構造に極めて無理があること及びこのまま施工すれば本件のような瑕疵が生じる危険性があることを認識すべき注意義務があり、施工者として、このような瑕疵が生じないように施工すべき義務があったというべきであり、さらに、監理者として、このような設計、施工がなされないよう監理すべき注意義務がある(建設業法二五条の二五、同法二六条、建築士法一八条等)のに、これを怠り、本件建物に瑕疵を生じさせ、被控訴人に損害を与えた。したがって、控訴人は、被控訴人に対して、右の瑕疵について不法行為責任も負う。

(五) 被控訴人は、以下のとおり、前記の瑕疵に基づき、合計一二四八万九〇〇〇円に相当する損害を被った。

(1) 前記(三)の瑕疵について既に支出した修補費用 六四八万九〇〇〇円

被控訴人は、瑕疵(1)についての補修をコスモ建物産業株式会社(以下「コスモ建物」という。)に発注し、同会社は、平成六年九月二六日から同年一一月二八日までの間、補修工事を施工し、被控訴人は、同社に対し、その代金として六四八万九〇〇〇円を支払った。

(2) 前記(三)の瑕疵について今後要する修補費用 二九九万六一二二円

(3) 慰謝料 二〇〇万円

控訴人のずさんな工事によって瑕疵が生じたこと、控訴人が被控訴人から度重なる補修要求を受けたにもかかわらず不誠実な対応をしたこと及び補修工事施工及び本件訴訟提起後もその非を認めようとせず、いたずらに訴訟を遅延、拡大させて解決を遅らせようとしたことにより被控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用

一〇〇万三八七八円

(六) よって、被控訴人は、控訴人に対し、瑕疵担保責任又は不法行為に基づく損害賠償一二四八万九〇〇〇円及びこれに対する本件建物引渡後である平成六年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)、(二)は認める。

(二) 同(三)は否認する。同(1)について、二階床下の梁を支える柱を設置していなかったのは、設計時に、美観を損ねるからとの被控訴人の強い要望により、控訴人がその設置を断念したからである。

(三) 同(四)は否認する。控訴人が被控訴人からの修補請求に応じなかったのは、被控訴人が反訴請求に係る追加工事の代金を支払わなかったことと、被控訴人宅に赴けば、違法建築を強要されることとなるからである。

(四) 同(五)は否認する。とりわけ、同(1)の工事は、仮に同(三)の瑕疵があったとしても、その修補費用としては過大なものである。コスモ建物に六四八万九〇〇〇円も支払ったとは考えられないし、仮に支払ったとしても、それは、修補工事と同時に施工された増築工事の費用を含むものである。

二  反訴

1  請求原因

(一) 控訴人と被控訴人は、本件契約による請負契約期間中に、追加工事についての請負契約(以下「本件追加契約」という。)を締結し、控訴人は遅くとも平成五年一二月中にこれを完成きせ、被控訴人に引き渡した。

(二) 控訴人と被控訴人は、平成六年一月中旬、本件追加契約に係る請負代金を一七〇万円、支払期限を同月末日とする旨合意した。

(三) よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件追加契約の請負代金一七〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成六年二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)のうち、控訴人と被控訴人が、本件契約による請負契約期間中に、本件追加契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同(二)のうち、控訴人と被控訴人が、本件追加契約に係る請負代金を一七〇万円とする旨合意したことは認めるが、その余は否認する。

理由

一  本件における審判の対象

原判決は、被控訴人の本訴請求について、控訴人に対し、金六九〇万〇七五〇円並びに内金一一二万一七五〇円に対する平成六年一月一日から、内金四二八万九二七九円に対する同年一一月二八日から及び内金一四八万九七二一円に対する同年一二月二五日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、控訴人の反訴請求についてはこれを全部認容した。これに対し、控訴人は、控訴を提起して、本訴請求につき全部棄却を求め、被控訴人は、附帯控訴により、本訴請求につき全部認容を求めたが、反訴請求については不服申立てをしていない。したがって、当審においては、本訴請求の当否のみが審判の対象となる。

二  本訴請求原因(以下単に「請求原因」という。)(一)、(二)は当事者間に争いがない。

三  請求原因(三)について判断する。

1  甲第一一号証の三ないし一八、二二ないし二四、四六ないし五〇、八三ないし八五、一二五ないし一三〇、原審証人木村正二(第一回)及び同内田好彦の各証言、原審における鑑定の結果によれば、本件建物の二階の居間及び台所の床の各南側部分には傾きがあり、南端部で約二五ミリメートル沈んでいたこと(瑕疵(1))、二階台所の勝手口サッシの竪枠が、その上部で壁面方向に約一〇ミリメートル傾斜して取り付けられていること(瑕疵(2))、二階洗面所の片引き戸の竪枠が、その上部で南側へ約四ミリメートル傾斜して取り付けられていること(瑕疵(3))が認められる。

これらは、建物が通常備えるべき品質等を具備していないものであり、請負契約上の瑕疵に当たると認められる。

なお、原審における証人内田好彦の証言及び同鑑定の結果によれば、本件建物の二階居間及び台所と南側バルコニーの境界の床下に東西にわたされた梁(以下「A梁」という。)は、二階台所東端(バルコニーの東端)床下に南北にわたされた梁(以下「B梁」という。)及び二階居間の中間付近(バルコニーの西端)の床下に南北にわたされた梁(E梁)によって支えられていること、B梁は、A梁との接合部の真下を支える柱(以下「イ①の柱」という。)が他の柱よりも一〇ミリメートルほど短いため、その箇所で沈んでおり、かつ、A梁にも荷重により最大で八ミリメートルのたわみが生じていること(原審における鑑定時には、コスモ建物による後記五の1(一)の補修工事により、A梁のたわみは完全に補正されているため、右のたわみの数値は、鑑定における構造計算による推定値である。)、これらによって、A梁がその東端において沈下し、梁の上に取り付けられた大引材ひいてはその上に取り付けられた二階台所及び居間の床も傾斜した(瑕疵(1))ものであること、二階台所の勝手口サッシの竪枠(同(2))及び二階洗面所の片引き戸の竪枠の傾斜(同(3))は、取付けの際の単純ミスによるものであって、構造上の問題に起因するものではないことが認められる。

2  右に対し、控訴人は、本件建物が住宅金融公庫の中間検査に合格しているから、本件建物に瑕疵は存在しないと主張するが、右検査に合格したことの一事をもって、当該建物に瑕疵がないと断定することは到底できないから、控訴人の右主張は採用できない。

3  また、控訴人は、仮に、本件建物二階の床に傾きがあり、それがA梁の沈下によるとしても、この梁を直接支える柱を設置しなかったのは、設計時に、美観を損ねるとの被控訴人の強い要望により、控訴人がこれを断念したからであると主張する。しかし、そのような事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人の右主張は失当である。

四  ところで、被控訴人は、請求原因(四)のとおり、控訴人が瑕疵(1)ないし(3)を生じさせたことが、請負契約上の瑕疵担保責任のみならず、不法行為責任をも生じさせると主張する。

一般に、請負人が、その建築に係る建物に瑕疵を生じさせたことが、請負人の故意による場合や、あるいは、過失による場合であっても、その瑕疵が居住者の健康に重大な影響を及ぼすようなものである等、当該瑕疵を生じさせたことの反社会性ないし反倫理性が強い場合には、請負人は、瑕疵担保責任のみならず、不法行為責任をも負うものと解するのが相当である。

しかし、本件において、控訴人が瑕疵(1)ないし(3)を生じさせたことが、右に判示するような反社会性ないしは反倫理性の強いものであると認めるに足りる証拠はないから、このことが不法行為を構成するということはできない。

したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

五  請求原因(五)について判断する。

1  既に支出した修理費用(請求原因(五)(1))について

(一)  甲第六ないし第八号証、第一二号証、第一六号証、第二七号証、第三三、第三四号証、乙第一九号証、原審証人木村正二の証言(第一回、第二回)によれば、被控訴人は、瑕疵(1)すなわち二階居間及び台所の床の傾きについての補修工事をコスモ建物に発注したこと、同社は、右瑕疵の原因が、主として、二階部分の荷重によるA梁のたわみであると判断したこと、右補修工事は、そのような認識の下に、A梁をジャッキアップした上、一階玄関前の位置に鋼管柱を立てて、この梁を直接下から支え上げることにより、二階床の傾きを補正するものであったこと、同社は、平成六年九月二六日から同年一一月二八日までこの工事を施工し、完成させたこと、右工事と同時に、コスモ建物は、被控訴人の発注により、本件建物について増築工事(二階吹抜け部分を居室化する工事)を施工したこと、被控訴人は、同社に対し、補修工事の代金として、右同日に四九九万九二七九円、同年一二月二五日に一四八万九七二一円(合計六四八万九〇〇〇円)をそれぞれ支払ったことが認められる。

(二)(1)  控訴人は、仮に右の六四八万九〇〇〇円がコスモ建物に支払われたとしても、この額は右増築工事の費用を含んでいる、仮にそうでないとしても、右の額は、右のような補修工事費用としては過大であると主張する。

(2) しかし、まず、控訴人からコスモ建物に対し、補修工事代金とは別に、増築工事の代金として平成七年一月二五日に一六九万九五〇〇円が支払われたことを示す領収証(甲第二六号証)が存在するところ、前記の六四八万九〇〇〇円が、コスモ建物による補修工事の代金として必ずしも過大なものとはいえないことは後記(4)判示のとおりであって、これらにも照らすと、この六四八万九〇〇〇円が右増築工事の費用を含んでいると認めることはできない。

(3) また、確かに、原審における鑑定の結果及び原審証人内田好彦の証言は、瑕疵(1)に対する補修としては、コスモ建物の施工したものとは異なり、A梁の高さはそのままにして、梁の上の大引材を入れ替えて二階床面が水平になるように調整し、かつ、イ①の柱を補強するため、同柱に添えてA梁の荷重を直接支える管柱を立てる方法を相当とし、その費用は七一万円であるとしている。そして、甲第一二号証、第一六号証、原審証人木村正二の証言(第一回、原審における鑑定前に実施されている。)によれば、コスモ建物は、当時、瑕疵(1)について、前記(一)認定のとおり、A梁を直接支える柱を立てていなかったこと等から、同梁に荷重がかかり過ぎてしまったことが主な原因であると認識しており、イ①の柱が短かかったという根本的な構造上の原因については、その可能性を一応疑いつつも、その箇所まで外壁をはがして調査をせず、必ずしも明確には把握していなかったことが認められる。

しかし、イ①の柱が約一〇ミリメートル短いということは、訴訟提起後に、裁判所の命を受けた鑑定人の調査により初めて発見されたものであり、原審における鑑定の結果相当とされる補修方法も、現時点において事後的にみた場合に相当なものといい得るものである。原審における証人木村正二(第一回、第二回)の証言によれば、コスモ建物としては、被控訴人から依頼を受けて、本件建物の外壁をできるだけはがさない方がよいという考えの下で、相応の努力をして瑕疵(1)の原因を調査し、補修工事を施工したと認められるし、現在判明しているイ①の柱の寸足らずという構造的な原因に照らした場合、同社による補修工事は、必ずしも最善のものではなかったにせよ、この工事により、この瑕疵は恒久的に修復されているのである。これらの事情を考慮すると、現時点において、原審における鑑定の結果により、これよりも安価な方法で補修が可能であったといえることをもって、必ずしも、同社により施工された補修工事が不相当なものであったとまで断定することはできない。

(4) 次に、右補修工事が、前記(一)認定のとおり実際に約二か月かかったものであることについては、甲第一一号証の各写真の印画紙上の日付けからみて疑う余地がないところ、右工事は、被控訴人及びその家族が本件建物に居住している中で施工されたものであること(原審被控訴人本人により認められる。)にかんがみれば、必ずしも不当に長期にわたったものではないというべきである。したがって、これらの工事につき、人夫賃等の諸費用がかさむのはやむを得ないところである。

また、一般に、建築業者が、他の業者の建築した建物の瑕疵の補修工事を請け負うことを躊躇するのは無理からぬところであって、これを当該請負人以外の市中の業者に改めて発注した場合、その現実の費用は割高なものとならざるを得ない(このことは、原審証人木村正二の証言(第一回)によってもうかがわれる。)。

これらの事情を踏まえた上で、右補修工事の見積書である甲第六号証及び右増築工事費の内訳明細書である甲第三二号証を検討すると、その代金として支払われた六四八万九〇〇〇円は、同工事の代金額として、必ずしも不当に高額とまで断じることはできない。

(三)  右にかんがみると、コスモ建物による前記補修工事及びその代金額六四八万九〇〇〇円は、瑕疵(1)の補修方法及びその額として相当な範囲内に属するものといい得るのであって、同瑕疵と、被控訴人による右代金額の支出の間には、相当因果関係を認めることができる。原審証人江口孝之の証言も、右認定を動かすものではない。

2  今後要する補修費用(請求原因(五)(2))について

前記1(一)認定のとおり、コスモ建物による補修工事は、瑕疵(1)(二階居間及び台所の床の傾き)のみに対するものであり、同(2)(二階台所の勝手口サッシ竪枠の取付け不良)及び同(3)(二階洗面所の片引き戸竪枠の取付け不良)については修復が未了である。なお、原審証人内田好彦の証言によれば、同(1)については、コスモ建物による補修により、今後特段の補修は不要となったことが認められる。

そして、原審における鑑定の結果によれば、右補修未了の各瑕疵について今後要する補修費用は、瑕疵(2)については二四万八七五〇円、同(3)については一六万三〇〇〇円(合計四一万一七五〇円)と認められる。

これに対し、被控訴人は、その費用は二九九万六一二二円であると主張し、甲第三〇号証、原審証人木村正二の証言(第二回)中にもこれに沿う部分がある。しかし、右主張及び証拠は、右費用が、前記判示のとおり現時点では補修を要しない状態となっていると認められる瑕疵(1)に対する補修費用を含むものであること、瑕疵(2)について、外壁サイディングボード張りの費用が、サイディングボードを新調することを前提に積算していること(原審証人木村正二の証言(第二回)により認められる。)、瑕疵(3)について、必ずしも必要とは思われない竪枠とは別の造作である片引きの作成、取付け費用を含んでいること等に照らし、採用できない。

3  慰謝料(請求原因(五)(3))について

原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、コスモ建物による瑕疵(1)についての補修工事中、受験期の長女を抱えながら、部屋が二つか三つしか使えず、食事も外食やテイクアウトの弁当で済ませる等の不便を約二か月にわたり強いられ、家族の関係もぎくしゃくしたものになりがちであったことが認められる。これらは、瑕疵(1)に係る修復費用相当額の賠償をもって補填できる範囲を超える損害というべきであり、かつ、控訴人において予見可能であったと認められるから、控訴人は、瑕疵担保責任として、これらにより被控訴人が被った精神的損害をも賠償すべき義務を負うものと解するのが相当である。そして、右認定の事実その他本件に現われた一切の事情を斟酌すれば、その慰謝料額は、金五〇万円が相当である。

なお、被控訴人は、控訴人が、被控訴人から度重なる補修要求を受けたにもかかわらず不誠実な対応をしたことも慰謝料請求の根拠として主張するところ、原審における被控訴人本人尋問及び同控訴人本人尋問(第二回)の各結果によれば、被控訴人は、本件建物に入居した後、二階床が傾いていることに気付き、平成六年二月ころから、床が傾いているから見に来るようにと控訴人に五回くらい電話をしたにもかかわらず、控訴人が来たのは一回のみであったことが認められる。しかし、請負工事に係る瑕疵修補請求権と請負代金請求権は同時履行の関係に立つところ、被控訴人が反訴請求に係る本件追加契約による代金の支払をしていないことは明らかであるから、控訴人が、瑕疵の修補ないしその前提となる調査をしなかったことをもって、直ちに債務不履行ないし不法行為にあたるとすることはできない(なお、控訴人も、原審における本人尋問(第二回)において、右認定のように本件建物を見に行かなかった理由の一つとして、追加工事代金の支払を受けていないことを挙げている。)。

4  弁護士費用(請求原因(五)(4))について

一般に、建築工事の瑕疵を理由とする損害賠償請求訴訟は、訴訟の中でも専門性ないし難度の高い部類に属するものであり、いわゆる本人訴訟によって適切な主張、立証をすることはほとんど不可能である。したがって、特段の事情のないかぎり、右訴訟においては、弁護士費用についても賠償を請求できるものと解するのが相当である。本件においては、右特段の事情は認められないところ、本訴請求についての弁護士費用を除く認容額、本件の難易等一切の事情を考慮すると、控訴人が瑕疵担保責任として被控訴人に賠償すべき弁護士費用としては、金八〇万円が相当である。

六  結論

以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、瑕疵担保責任としての損害賠償金八二〇万〇七五〇円の支払義務を負うこととなる。そして、右損害賠償請求権は、本件追加契約に基づく請負代金請求権と同時履行の関係に立つところ、控訴人は、同時履行の抗弁権を主張していないが、被控訴人においてその代金支払の提供をしていない(反訴請求における当事者の主張関係に照らし、明らかである。)以上、右損害賠償請求権は遅滞に陥っていないから、被控訴人は、その遅延損害金について支払を求めることはできないこととなる。

したがって、被控訴人の本訴請求については、控訴人に対し、金八二〇万〇七五〇円の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきであり、原判決中、本訴請求について、控訴人に対し、金六九〇万〇七五〇円並びに内金一一二万一七五〇円に対する平成六年一月一日から、内金四二八万九二七九円に対する同年一一月二八日から及び内金一四八万九七二一円に対する同年一二月二五日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した部分(主文第一項、第三項)は一部不当であるから、本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・原啓一郎 裁判長裁判官・山口忍、裁判官・西謙二は、いずれも転補につき署名捺印できない。裁判官・原啓一郎)

別紙物件目録〈省略〉

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